インタビュー

浦崎庄平氏に突撃インタビュー!

浦崎庄平氏にインタビュー

育った環境を教えてください

大阪府大阪市出身。家族構成は父親、母親、姉、私の4人家族で、祖父から父の代まで電気工事の経営をしていました。
実家兼事務所でしたので、出入りする方も工事士が多く、それがきっかけでエネルギーに興味を持ち、エネルギー管理士を取得しました。

幼少期について教えてください

大阪を代表する「通天閣」、この天王寺界隈で良く遊んでました。
天王寺動物園や今宮戎神社など大阪の歴史を語るには、必ずこの周辺がポイントになってきます。

まあ面白いものがたくさんありましたし、あとお寺が多いです。
昔は、随分と栄えた歴史と由緒ある地域なんだろう、という事がわかります。
最近では大きな商業施設が立ち並び、界隈も随分ときれいになりましたね。

一番興味のあったことは何ですか?

両親が音楽好きで楽器を弾いたりしていたので、子供の頃からクラシックには親しんでいました。
有名な作曲家で一番初めに好きになったのはドボルザークで、「新世界」や「スラブ舞曲」が、私にとっての音楽鑑賞の原点でした。

小学生の耳には、とにかく力強くてかっこ良かった、その印象は今でもはっきり残っています。
その後大きくなるにつれ、色々な作曲家のものを聞くようになりましたが、今でもドボルザークは大好きな作曲家の一人です。

今は忙しくなったので、音楽鑑賞が専門ですが、小学校、中学校時代はピアノを弾いたり合唱団で歌ったりしていました。
数ある作曲家の中でも、特にブラームスが好きで、室内楽やシンフォニーも良いのですが、「ドイツ・レクイエム」は、学生時代に歌ったことがあるので良く聞いています。
細かいところまで良く覚えているのですが、聞くたびに新しい発見がいまもあるので、それがまた面白いです。

子どもの頃描いていた将来の夢は何でしたか?

音楽が好きでしたので、音楽の世界に入ることを夢見ていました。
ですが、高校に入る前に自分は演奏者としてレベルが高くないと感じてやめました。

今後、取り組んでいきたい事などありましたら教えてください

光栄なことに講演者として壇上に立つ機会も多くなってきましたので、言葉を大事にする人間になりたいですね。

豊かな生活を夢見て日々働いていますが、どうしても仕事に対する意識や人に対する思いやりが薄れがちの時があります。
仕事が楽しくなかったり、生活が思うように行かなかったりする時、成功したいという目標や希望を思い出すようにしています。

たとえば松下幸之助氏の「些細なことをおろそかにしない心がけが人生を大きな成功に導く」という言葉。

日々仕事をしていると、なぜこんな面倒なことしなきゃいけないんだ、と思う時や、毎日毎日こんな事して一体何になるんだろう、と思ってしまう時があります。
でも、この言葉は、成功したいなら些細なことにも全力で取り組め、無駄な事など何も無い、と背中を押してくれているように感じます。

環境問題の切っても切れない関係であるエネルギー問題。
日本のエネルギー自給率は総じて低い状況が続いておりますので、少しでも力になるよう地味に努力、講演活動を続けたいと思います。

経営者「高木純」

経営者「高木純」氏にインタビュー、生い立ちから今後の取り組みについて

高木純氏にインタビュー

経営者として活躍される高木純氏に生い立ちから今後の取り組みについてお話を伺いました。

--本日はよろしくお願いいたします。
早速ですが、育った環境について教えてください

生まれは東京都品川区ですが、小学校低学年に父の仕事の都合で神奈川県横浜市に引っ越しました。
父は電気工事の仕事をしており、いつも朝は早く、夜は遅い時間まで働いていましたが、それでも休みの日などは家族の時間を大事にする父でした。

そんな父を尊敬し、私も少しでも早く働いて独立し、家族の負担を減らしたいと感じていました。

--幼少時代、印象に残っているエピソードを教えてください
物事を考えることは考えることは好きでしたが、勉強自体は嫌いでした。
そのためテストの点数は教科によって大幅に違く、よく答案用紙を親に渡さず隠してましたが…
結局、通知表で成績がバレて母にはよく怒られましたね。

--好きなことや興味があったことは何ですか?
子どもとして可愛くない話ですが、「お金」が好きでした(笑)
当時はまだ駄菓子屋さんがあった時代でしたので、限られたお小遣いをどう有効的に使うか時間をかけて考えてましたね。

あとは…恋愛ですかね(笑)
ただ成就してないので…同級生の女の子に4回ラブレターを書いて振られ続けたのは苦い思い出です。

--将来の夢は何でしたか?また、その理由について教えてください
正直当時は具体的な夢はありませんでした、ただ冒頭でお話しましたが夜遅くまで働く父の姿を見て、「父と同じ仕事に就きたい」と思い、高校生になるとよりその思いが強くなり、高校2年生で定時制の高校に編入し、朝から夕方までは父の仕事の手伝いをはじめました。

高校を卒業し、そのまま父が勤める会社に入社、その後7年間勤めてたから起業しました。

--これから取り組んでいきたいことは何ですか?
大きなことは言いませんし、言えません。
偉人たちに「有言実行」な方々が多く尊敬しますが、私は「不言実行」に今ある仕事を一つ一つ対応することを第一と考えています。

幸いにも同じ考えや行動をする仲間が身近にいるので、このまま「不言実行」のスタイルで進んでいければいいですね。
「愚直に実行すること」それしか取り柄がありませんから(笑)

--ありがとうございました。

村瀬孝司氏に聞く経営の流儀「仕事はロックフェス」

飲食業界の経営者として活躍される村瀬孝司氏に「経営の流儀」についてお話を伺いました。

--本日はよろしくお願いいたします。
早速ですが、村瀬孝司さんの仕事内容について教えていただけますか?

よろしくお願いします。
店舗運営に関する予算の計上と仕入れを行っていますが、現在は現場に出ることは少なくし、スタッフの育成や職場環境の改善に力を注いでいます。

--スタッフの育成や職場環境の改善について詳しく教えていただけますか?

同じ悩みを抱えている方もいると思いますが、独立後しばらくして人が定着せず、人材不足に悩みました。
当時は気がつきませんでしたが、人を雇用することに対する意識が低かったことが失敗の原因でした。

人はそれぞれ考え方や価値観、人によってそれぞれに異なることが当たり前であるのにも関わらず、「仕事とはこうあるべき」と自分の価値観を押し付けていました。

今振り返ると非常に未熟なマインドで経営者失格でしたね。

十人十色のスタッフたちをどうすればモチベーション高く仕事に取り組んでくれるようにするか。
それを考えたとき、学生のころに熱中したロックフェスの一体感を思い出しました。

まったく接点のない人たちが共通で楽しむ空間作り、それこそがスタッフの育成や職場環境の改善につながるのではないかと結論に至りました

例えば調理スキルが低いスタッフがいたとします。
自発的に改善するマインドを持っているスタッフであれば、叱ることで解決するかもしれません。

ですが、そもそも問題意識を感じていないスタッフがいたとして、その一個人に叱ったとしても、叱った側のストレス解消にしかなりません。

チーム全体で「楽しむ」ロックフェスのような雰囲気をつくれば「仕事が楽しい」と思えるようになる、自発的に改善したいと考えるようになる、個人を責めるのではなく、その個人がいかに仕事が楽しめるかを重視した育成・職場環境づくりに注力し、その結果、スタッフの定着化とチーム全体のスキルアップを実現しました。

--なるほど、ありがとうございました。